大迫秀樹(九州女子大学)

osako hideki
九州女子大学教授   大迫 秀樹

児童養護施設における心理的ケア

 近年、児童虐待が大きな社会問題となっているが、虐待という行為が、子どもの心理面に及ぼす影響の深刻さが明らかになるにつれ、被虐待児に対する心理的ケアの必要性・重要性が指摘されるようになってきている。特に、重度の虐待等により、親子分離が必要な場合には、児童養護施設等への入所措置がとられるが、施設における心理的ケアを進めていくために、厚生省(現:厚生労働省)は、1999年度から児童養護施設に心理職員(非常勤)を配置する取り組みを始めた。児童養護施設は、社会的養護を必要とする子どもたちの施設の中では、最も規模が大きいことから、そこでの対応は非常に重要な意義を持つ。しかしながら、もともとは、生活中心の施設であり、保育士らが主に援助を担ってきたため、心理職を新たに配置した施設では、心理的ケアや心理治療といった概念の導入においては、少なからず混乱があった。また、心理職にとっても、新たな業務内容の確立に困難を極める事が多かった。その後、年数の経過とともに、心理職の役割や課題は整理されてきたが、施設ごとに、運営形態や配置状況が大きく異なるため、引き続き、多くの研究を必要とすると考えられる。筆者は、ある児童養護施設における心理職の導入経過とその後の展開に焦点をあてて調査を行い、児童養護施設における心理的ケアの有効な視点を提供しようと試みた。

 方法としては、心理職員を配置しているX児童養護施設を対象とし、特に、心理職の導入部分が重要であると考えられるため、初めての担当職員となり、3年間勤務したA心理士(女性)からの聞き取りを中心として、それ以降の心理士や職員からの情報の把握、資料の分析なども含めて、児童養護施設における心理的ケアのあり方の経過、問題点などについて調査した。なお、筆者は、当該児童養護施設を運営する社会福祉法人の非常勤心理職員(乳児院及び児童家庭支援センター)として勤務しており、施設全体の状況を把握できる立場でもあった。

 結果としては、以下の5点にまとめられた。

1)施設の概略
 児童養護施設は、B社会福祉法人により設置・運営され、併せて乳児院、児童家庭支援センターが同一の敷地内にある。各施設には、順次心理士が配置されている。なお、児童養護施設の定員は90名、職員は、施設長以下、保育士、児童指導員、心理士、調理員等が配置されていた。

2)心理職の導入に至るまでの経過
 この福祉法人では、国の配置が始まって間もなく、児童養護施設に初めて心理職を当初から常勤として配置している。A心理士によると、心理職は不要だと考えている施設が多かったが、この施設は心理職導入に前向きだったので、双方のニーズが合致し勤務することとなったとのこと。ただし、現場が大事だと考える施設の意向で、最初の1年間は住み込みで生活担当職員(ケアワーカー)として入ることとなった。

3)導入後の経過 ①(1~2年目)
 勤務後1年目は、ケアワーカーとしての業務を行っていたが、心理関係については、管轄する児童相談所の協力を得て、心理判定員が行うプレイセラピーの観察をしたり、保健所での乳幼児健診の心理面接に同席させてもらったりして、勉強させてもらう機会があり、良かったとのこと。2年目からは心理職としての勤務となった。当初に、入所児約80人全員と個別面接し、児童に対して、あるいは各ブロック及び調理も含む職員すべてに対して、心理職としての役割を説明することなどに努力した。ただし、実際の配置は、施設内の分園施設(高校生女子の不登校児治療棟)であり、ある程度生活を見ていかなければならない面があったとのこと。一方で同時に、入所児(主に幼児、小学生)の箱庭やプレイを行うようになったが、児童の生活空間に近いところで実施するため、境界がつけにくく、帰りたがらないなどのトラブルも多かった。また、道具も少なく、その方法を理解してもらうことも難しかった。一方で、児童相談所や精神科に治療に通所する子どもの担当となり、それらの取り組みがスムーズになるという利点があったとのことであった。

4)導入後の経過 ②(3年目及びそれ以後)
 3年目となり、園内に、新たに開設された児童家庭支援センター内に心理の事務所を移動した(その後、乳児院も含めて3施設の心理士が集まることとなった)。また、専用のプレイルームも設置された。これらによって、児童とのトラブルが減り、落ち着いて対応できるようになってきた。さらに、心理ケアが必要な子どもで、乳児院から児童養護施設に措置変更になる予定の児童を、早めに児童養護施設の心理士が担当するなど柔軟な対応ができるようにした。これらのよって、かなり心理士の存在価値がでてきたと感じたとのこと。なお、A心理士は、3年間の勤務後退職となるが、後任が補充されるとともに、その後、児童相談所の心理判定員の経験のあるベテラン職員や筆者が、主にスーパーバイズの役割を果たす職員として配置され、心理職の役割や立場の理解などが進んだ。

5)児童養護施設の心理職の業務内容と意義
 児童養護施設における心理職の業務内容としては、①心理査定及び療法、②他職種へのコンサルテーション、③ケース会議への出席、④入所時の立会い面接、⑤児童相談所等との連携などが挙げられる。また、意義として、個別心理面接により、集団生活の子どもたちに個別の時間が保証されること、心の傷を丁寧に癒すことができること、他職種の職員の心理的な理解が進むことなどが大きいとのことであった。

 考察としては、以下の点が考えられる。児童養護施設に、心理的ケア・治療といった概念が持ち込まれ、心理職が導入されるようになったが、特に導入当初には、生活を重視する施設の考え方との間に、ズレがあり、その調整にも相当苦慮している。しかしながら、施設内の心理職、児童相談所との連携等なども通じて、徐々にその差が埋まり、心理職の機能が、有効に作用するようになってきたようである。個人の力だけでは限界があり、福祉心理に理解を持つ専門職同士のつながりなどが重要である。同時に、生活場面の意義やそれへの関与をも考慮しつつ、施設の他職種の理解を得て活動していくことも必要であろう。一方、全国の施設では、未だ導入されていない所もあり、心理職についての理解も様々である。今後も、実践の進展と研究がおおいに必要だと思われる。

 

 

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